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名コースを数多く残した不世出の名匠
井上 誠一
SEIICHI INOUE

1930(昭和5)年、22歳のとき、朝霞コース設計のために来日したアリソン氏が、井上氏が所属する霞が関CC東コースの改造を手掛けることになり、その仕事を見学したことがコース設計化を目指すきっかけとなりました。以後、アリソン氏の知識を吸収するとともに、本格的に設計家としての道を歩みはじめました。

コース設計家としての第一作は、昭和11年完成の那須GC。海外の専門書を原書で熟読し、深い造詣を身につけて、30歳前という若さで設計家の夢を実現。その後、名匠という名にふさわしく、数々の名コースを設計しました。
井上氏は、設計を依頼されると、用地の広さ、地形、地質を徹底的に調査し、かつ資金力を含め、依頼主に氏の設計理念を完全に理解してもらうことに務めました。
そのため1コースの設計図を完成させるまでに少なくとも2〜3年を要し、名コースを次々と誕生させました。

浜野ゴルフクラブは41コース目にあたる同氏の遺作。昭和56年11月26日逝去。72歳